インフルエンザワクチンの季節になった。小児科医はこの時期大忙し。インフルエンザが悪化しないように、という願いを込めて子どもたちにワクチンをうつ。ワクチンを打つ前に暴れ回って仕方ない子どもさんが、ある一定の割合でおられる。そもそも、診察室に入れないお子さんもおられる。お母さんは困り果てて、そして疲れ果てる。看護師さんもついでに困り果てる。私はといえば、その様子を、細かく観察する。「この子は何が嫌なんだろうか。痛いのが嫌なのか、注射が怖いのか。」色々と思いをめぐらせる。大抵は、診察室での十分なお話と説明で、ある程度まで納得してくれてワクチン接種にこぎつける。
先日、インフルエンザワクチンを打ちにきた5歳の女の子が、ワクチン嫌がって診察室の前で大暴れした。よく母から話を聞いてみると、小さなころに足のアザに対して皮膚科でレーザー治療をされたことがあり、そのときに無理やり処置されたことと痛みが記憶されていることが原因だろうとのことだった。数人の大人が寄ってたかってその子を抑えていたのだと母は言っていた。本人がそれだけ嫌がり暴れていると、針をさす医療行為は基本的にしない。本人だけでなく周りにも危害が及ぶ可能性があるためだ。ましてやこの子の記憶にさらなる悪い記憶が重ねられ心的外傷、いわゆるトラウマになってしまうことは避けなければならない。母と相談して、ワクチンをうたずに帰ってもらい、よく家で話し合ってもらうことにした。
子どもでなくても大人でも針は怖い。痛いことは誰しも嫌だ。小児科医であり日々子どもに針を刺しまくっている(好きでやってるわけじゃない)私も、自分が刺されるとなれば正直嫌だ。ただし、子どもが嫌がるのは、単に痛みに対してだけでなく、多くの場合処置への恐怖に対する方が割合として大きいことが知られている1。痛いから、ではなく、多くの場合怖いから、なのである。また、男の子より女の子の方がその恐怖が強い2。
では、どうしたら良いのだろうか。それを知るには、子どものプレパレーション(心理的準備)に必要な手順について知るのが良い3。プレパレーションでは、処置や検査の必要性や具体的な流れを説明する。そのときに、痛みについても省略しないで事実として説明する。痛みや不安を子どもから聞いて、なるべく具体的にする。このときに大切なのが、対処法について子どもと一緒に考えることだ。このように、こんがらがった糸をほぐすように問題を分解してそれぞれに対処する方法をディストラクション(de:反対の、struction:組み立てる→分解する)という。カンガルー抱っこなどこどもが好む体勢をとるのも有効と考えられる。
最近みつけたが、予防接種についてわかりやすくまとめられている。この動画を子どもとみるのもよいだろう。時間がどの動画も2、3分に収まるのも良い。
参考文献
- Hedén, L., von Essen, L. & Ljungman, G. Children’s self-reports of fear and pain levels during needle procedures. Nurs. Open 7, 376–382 (2020).
- McLenon, J. & Rogers, M. A. M. The fear of needles: A systematic review and meta-analysis. Journal of Advanced Nursing 75, 30–42 (2019).
- 作田和代、深澤一菜子 鎮痛・鎮静の際のプリパレーションやディストラクションの意義. 小児内科 521, 885–889 (2019).