「下痢してて、おむつかぶれがひどいんです。」
生後3ヶ月の健康そうにぷくぷくした赤ちゃんを抱いたお母さんは、不安そうな面持ちでお盆の真っ只中に夜間の小児科救急外来を受診しました。
私の住む地方政令指定都市では、二次救急の他に輪番制の市民病院での小児科救急外来が設置されています。私は、お盆の真っ只中に夜間当番の役割を仰せつかっておりました。幸い子どもたちは健康にお盆を楽しんでいたのかその日は3人しか受診せずみな軽症だったのですが、このおむつかぶれの男の子は印象に残っているので記録しておこうと思います。
最近のおむつやおしり拭きは性能がよく、一昔より前より赤ちゃんの陰部の状態が良いことが多いとは、ベテラン看護師さん曰く。ただ、下痢がひどいとその限りではありません。下痢は多くの場合においてアルカリ性であり、皮膚のバリア機能を壊します[1]。ももの薄皮ほど繊細なあかちゃんのおしりを下痢から守るためには、下痢したら早めにおむつを変えてあげること、おしりを拭くときになるべく優しく拭き取ることが大切です。その赤ちゃんは一見健康そうですが、診察するときにおしりを見せてもらうと、おしり全体が赤く、一部は皮膚が剥がれて真皮が見えています。ほとんど火傷と同じ状態でした。伺えば初めてのお子さんとのこと。パパもママもはじめから親業が上手くはいきません。失敗を繰り返しながら子どもとともに成長します。数日前に近医で亜鉛華軟膏が処方されておりましたが、それをきれいに拭き取ろうとしておしりの皮膚にダメージがあったようです。亜鉛華軟膏とは、赤ちゃんのおむつかぶれや湿疹によく使われる薬。亜鉛により皮膚が収斂(引き締まる)し皮膚を保護するため、小児科医にとっては頼れるお薬です。ただ、このお薬は炎症を抑える作用はおだやかなので軽症の場合のみ有効です。目の前の赤ちゃんのおむつかぶれは、どう見ても軽症ではなく中等症から重症です。幸い細菌による二次感染には陥っていないようでしたので、次なる一手としてエキザルベを処方しました。エキザルベとは死菌浮遊液とステロイドの合剤です。死菌浮遊液とは、つまり菌の死骸です[2]。
「ええ!?菌の死骸をただれた皮膚に塗るの!?」
多くのお母さんはそう反応します。このお母さんもそうでした。初めてこの治療法を知った私もそう反応しました。菌、それもその死骸なんて不潔な気がします。しかし事実は異なります。菌の死骸は、皮膚に塗られることでその場所に白血球(菌やウイルスなどの外敵と戦う細胞)が集まり感染を防ぎ、傷を早く治してくれます。エキザルベの塗布と、おむつ交換のときはぬるま湯でおしりを流してあげるよう説明しました。お盆のおむつかぶれはこれにて一件落着、お母さんは薬をもって帰っていきました。
おむつかぶれのように見えて、実はカビによる感染症のこともあります。そのときは股や足のシワの部分に一致して皮膚が赤くなったりただれることが多く、上記塗り薬で良くならずむしろ悪化することもあるので注意が必要です。
ちなみに、エキザルベ Eksalb はドイツ語のEkzem(湿疹)と、Salbe(軟膏)に由来します。どんなお薬の名称もその由来は、インタビューフォームという取り扱い説明書的な文書に必ず書いてあります。インタビューフォームは、添付文書よりさらに詳しい文書であり、読むと開発の経緯なども書かれていて物語として面白いです。これまたちなみにちなみにですが、商品名ラシックス lasix(一般名フロセミド)はダジャレのようですが、利尿効果が6時間続くため last(続く)+six(6)に由来します。
[1] おむつかぶれ(日本皮膚科学会) https://www.dermatol.or.jp/qa/qa22/q14.html
[2] エキザルベ製品情報(マルホ) https://www.maruho.co.jp/medical/products/eksalb/index.html
さいごに
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