ポイント
- 父親としての変化を知ることは、成長の第一歩
- 女性は乳幼児の育児でホルモン分泌が変化する
- 男性も出産を期にホルモン分泌が変化し、男性ホルモンは減り女性ホルモンが増える
ライフワークバランス?難しすぎん?
28歳で第一子、30歳で第二子、32歳で第三子、34歳で第四子を授かりました。父親という役割を担うようになって、今年で7年目です。月日が経つのが早い。父親としての成長は子どものそれと比べると遅いですが、毎日ステップアップしていたいと思います。ここ数年は、父親としての役割を果たしつつ、仕事での役割を果たすことに困難さを感じています。父親にも仕事にもやることの上限がないので、それにチャレンジすることはいつも全力を必要とします。医師としても、科学者としても、論文として経験や新しい事実を書き記して残すことは至上命題なのですが、ここ数年はそれが思うようにできていないことがフラストレーションの根源にあります。早朝の時間を使って、上手に計画を立てることが最近の課題です。
育児で女性のホルモンは変化する
一方で、父親になってからの考え方の変化についても、最近はよく思いを巡らせています。子どもが生まれる前のときは、自分の命をかけて何かに狂ったように取り組むことが、しんどいですが至福の時でもありました。子どもが生まれてからは、そのように狂ったように何かに取り組むのが、難しいと感じることが多くなりました。なぜだろうと、いろいろ調べているうちに、出産や子育てを経験するうちに、男性も父親となる過程で脳内のホルモンに大きな変化が起きていることがわかりました。そういった変化は、女性だけだろうと思っていたので、大変意外でした。ちなみに、2022年のフィンランドでの研究では、117名の女性(初産婦54名、未婚女性63名)に乳幼児模型を用いた疑似育児をしてもらったところ、初産婦も未婚女性も同じくらい女性ホルモンの放出を誘発することがわかっています2。
父親は育児で女性ホルモンが増える
特に、初めて父親になる男性ではその変化はとても大きいです。2000年にカナダで行われた研究では、初めて父親になる23人の男性の唾液中のホルモンを測定して、父親になる前後で大きな変化があることを明らかにしました1。14人の父親でない男性たちと比較して、出産にともない攻撃性や競争性を司る男性ホルモンであるテストステロンの値が減少し、母性を司る女性ホルモンであるエストラジオールは上昇することがわかりました。
たそがれ清兵衛からみるテストステロン
1983年に藤沢周平が著し、2002年に山田洋次が監督した「たそがれ清兵衛」という映画があります。2人の娘を残して妻に先立たれた清兵衛は、黄昏時になるとそそくさと職場を後にして
家事や炊事をすることから、心ない同僚から「たそがれ清兵衛」と呼ばれていました。かつて剣豪として名を轟かせていた清兵衛は、専横する家老の上意討ちを打診されるも、こう答えました。
「真剣の勝負は、人の命を奪うという事は、獣のような猛々しさと、命を平然と捨てうる冷酷さがなくてはならねぇ。それが、今のわたしにはまったくありますめぇ。」
父親にして、母親の役割をも担う必要があった清兵衛は、かつてのようなテストステロンはもやは分泌されておらず、むしろ親密さを司るオキシトシンや女性ホルモンが優位となっていることを、本能的に悟ってのセリフだったと思います。
ちなみに、清兵衛は苦しい家計を助けるため報酬を取り付けると、その上意討ちを決行するため修行を開始します。
我々も仕事のときには一時的にテストステロンの分泌を刺激し、家庭にもどればそれを通常レベルまで戻す、そんな工夫ができるといいなあと思います。それぞれのスイッチとなるような行為、例えば仕事と家庭のそれぞれのモードに入るためのルーティンを持つこともその工夫となりそうです。音楽、コーヒー、なんでも好きなものでよいだろうと思います。
さあ、今日も当直の冬の夜はまだまだ長いです。後輩が失敗した静脈路確保をばっちり決めて気分が良いまま仮眠します。小児科病棟と救急外来が平和であることを祈ります。おやすみなさい。
参考文献
- Berg SJ, Wynne-Edwards KE. Changes in testosterone, cortisol, and estradiol levels in men becoming fathers. Mayo Clin Proc. 2001;76(6):582-592. doi:10.4065/76.6.582
- Sinisalo H, Bakermans-Kranenburg MJ, Peltola MJ. Hormonal and behavioral responses to an infant simulator in women with and without children. Dev Psychobiol. 2022 Nov;64(7):e22321. doi: 10.1002/dev.22321. PMID: 36282748; PMCID: PMC9545496.