廊下に出ていたおもちゃを仕舞おうと子ども部屋に入ったら、罠にはまった。小さなブロックがカーペットに撒き散らされていたのを、暗くて見逃したが運の尽き。右足の土踏まずあたりにその一つがめり込み、「お!おお!ううーっ」と数秒唸る羽目になった。とても痛かった。片付けない子どもに腹が立ったので、どうやったら子どもが片付けが上手になるか調べることにした。
「お片付け」と聞いて、我々大人はどう感じるだろう。日本人の多くは、嫌なものとして捉えるだろう。やらなきゃいけないこととか、好き勝手に遊んだ後の代償のようだ。もし子どものお片付けがが、親である私たちの意識を変えることで上手になるとしたらどうだろう。少なくとも私は、もう二度とあんな痛い思いをしたくない。
日本と台湾、それにアメリカの子どもたちや教師が「片付け」をどのように行なっているか、そして「片付け」をどのように捉えているかを調べた研究がある1。(いろんな研究があるもんだ、と感心した。)
日本の子どもは「片付け」により教師と争いを生じがちな傾向があるという2。また、日本では「片付け」の時間を子どもに知らせるときには、単に口頭で「さあ、掃除ですよー!」と伝えられる。自分の使ったものだけを片付けるという文化も日本に特徴的だそうだ。
一方で、アメリカのある小学校では、「片付け」は次の授業あるいはイベントに移行するために必要なステップと考えられている。教師はリラックスしてそれをベルや音楽、照明を消すなどの方法で「片付け」の時間が来たことを知らせる。また、「片付け」ができなかったら●●といった罰の設定もしない。台湾の子どもたちが、片付ける理由について、部屋を綺麗にするためという理由の他に、つまづいたりしないように安全を保つためと回答した点が他の国の子どもたちの考え方が異なっていた。また、台湾の子どもは他の国の子どもよりも協力して片付けることに長けていた。
この論文では、「片付け」に対してどのような印象を持っているか、どのような意味を持つのかについて、子どもと話し合う時間をもつことの大切さについても書かれていた。
確かに、「片付け」を遊んだ代償のように私自身が捉えていたし、「お片付けできなかったら、公園行かないからね!」と言ってしまっていた。
「片付けたら、次は●●しよう!」と伝えて、次のイベントのステップとして子どもに理解させたり、テーマソングを決めてその音楽の間は他のことをしないでお片付けするといった工夫ができるかもしれない。それに加えて、子どものお片付けに対する認識を、落ち着いた環境で話し合てみるのもいいだろう。
小児科専門医試験の勉強をしながら子どものお片付けの論文を探していたら、夜がすっかり更けてしまった。妻と子どもたちが副賞でもらってきてくれたワインを一口だけ飲んで、もう寝てしまおう。
- Izumi-Taylor S, Ito Y, Lin CH, Akita K. A comparative study of American, Japanese, and Taiwanese early childhood teachers’ perceptions of clean-up time. Res Comp Int Educ. 2017;12(2):231-242. doi:10.1177/1745499917712610
- Hashimoto Y, Ikemori A, Toda Y. The Distribution of Clean-Up Jobs in Japanese Kindergarten Classrooms: An Exploratory Study of Young Children’s Views on Sharing Work Responsibilities. Asia-Pacific J Res Early Child Educ. 2012;6(May 2016):141-159.