ポイント
・抗生剤は細菌の増殖を防いだり、殺したりすることのできる化合物
・抗生剤は小児科診療において重要な治療薬だが、耐性菌の出現を考慮し必要最低限に留める必要がある
・抗生剤の副作用として下痢はよく知られているが、脳の発達にもたらす影響はほとんど知られていない
新型コロナウイルスが、世界的に流行しています。さまざまな情報が交錯していますが、大切なことは変わりません。自分がかからないこと、他人にうつさないこと。そのためには、マスク、手洗いうがいをとにかく頻回にすることです。エンベロープ(外殻:ウイルスの遺伝子をつつむ殻)をもたないウイルスなので、アルコールによるウイルス破壊も有効です。正しい情報をもとに、心身の健康をより高く保つ努力が求められています。この経験は必ず私達のチカラになります。将来同じように感染症が流行したときに、どのように行動すべきか、しっかりと身についていることでしょう。ただし、見通しの良くない状況で、ただでさえストレスに敏感な子どもたちが影響を受けやすいことも事実です。少しでも状況を改善するために、必要な資料をご紹介いたします。参考になれば幸いです。
https://www.ncchd.go.jp/news/2020/20200410.html
ウイルスと細菌は、どちらも微生物ですが、その違いを説明してくださいと言われると困る方も多いでしょう。簡単に説明すると、ウイルスは単体で生きていくことはできず人間を含む動物の細胞に寄生して自らを複製する生き物です。また、細菌は動物の細胞と同じように単体で生きることができて自らを複製することもできる生き物です。ウイルスに対して効果のある薬剤はあまり多くありませんが、特定のウイルス(インフルエンザウイルスやヘルペスウイルス、HIVウイルスなど)に対して増殖を妨げる薬剤は開発されています。一方で細菌に対して効果のある薬剤は多く存在します。抗生剤の効き方は大きく分けて2つあり、細菌を直接攻撃して殺すか、あるいは増殖を防ぎます。有名な日本の漫画原作のテレビドラマJIN-仁-でも登場していた、ペニシリンが世界で最初に発見された抗生剤です。ペニシリンは第二次世界大戦で多くの負傷した兵士の感染症から命を救いました。また、ペニシリン以外の抗生剤も多く発見あるいは合成されてきました。ペニシリンを発見したAlexander Flemingは、第一次世界大戦に医師として従軍し多くの悲惨な状況を目の当たりにし、特に負傷したあとに起こる感染症に興味をもちその後感染症の研究に勤しみました。ご存じの方も多いでしょうが、その発見は黄色ブドウ球菌を生やしたシャーレを流しに放っておいたまま休暇に入り、休暇から戻ったときに青カビ(属名:Penicillium)が生えたところには黄色ブドウ球菌が生えていないことから着想を得ました1。彼はペニシリンの発見の前に、唾液や鼻汁に含まれるリゾチームという酵素が抗菌作用を持つことを発見しております。同じように「あ、カビも鼻水と同じように抗菌作用をもつんじゃないかな!?」と、その発見を喜んだことでしょう。その発見からおよそ15年後にノーベル医学生理学賞を受賞します。今日の我々も、抗生剤の恩恵を多く受けております。それなしの医療は成り立たないといっても決して過言ではありません。
しかし一方で、抗生剤は腸内細菌にも大きな影響をもたらします。薬の副作用とは、期待する効果の他に生じうる好ましくない影響とされます。つまり、ここでは、病気の原因となっている悪い菌に死んでもらうことを期待しているのに、腸に住む良い菌も死んでしまってそれで下痢になるなんて全然好ましくないです、という状況です。子どもの場合は特に、腸内細菌が大切な役割を担っており、そのバランスが抗生剤で壊されてしまうと喘息になりやすくなったり肥満になりやすくなったりするという報告が多くあります。子どもの口にするものに敏感なお母さんであれば、ここまでの情報はすでに知っておられる方もあるでしょう。しかし、抗生剤がもたらす数年後の脳の発達に対する影響はいかがでしょうか。
結論から述べますと、より小さなころに抗生剤を投与された子どもほど認知機能や言語理解、多動性、情緒安定性に悪影響をもたらすことが知られております。2019年にニュージーランドのオークランド大学小児科・心理科からの報告によりますと、0歳から1歳までの474人を調査し、より低い月齢で抗生剤投与を受けた群が神経発達において有害性が高いという結論となりました2。また、生後まもなくペニシリン投与を受けたマウスの腸内細菌のバランスは長い間崩れ、脳での炎症性サイトカイン(炎症を引き起こす物質)が多く分泌され、行動異常を示すことが報告されております3。Lactobacillus rhamnosus JB-1といういわゆる整腸剤がいくらかその行動異常を改善するようですが、完全ではないようです。
ここまで見てきたように、抗生剤は偶然発見され今や医療ではなくてはならない存在ですが、一方で軽視できない副作用を持つことがお分かりいただけたでしょうか。下痢は短期で済むでしょうが、脳の発達は一生です。確かに抗生剤を使わないと治療できない、あるいは救命できない場合は問答無用で抗生剤のチカラが必要です。しかし、一方で念の為の抗生剤、あるいは保護者や医療者の安心のための抗生剤は百害あって一利なしと心得るべきでしょう。世界保健機関WHOや日本の厚生労働省は、不要な抗生剤処方を減らしましょうと声高に宣言しております4,5。細菌は小賢しいほど優秀な生存戦略をもち、容易に薬剤耐性(AMR: Antimicrobial resistance)を獲得します。故に、その観点からも抗生剤はスマートに処方される必要があります。
この記事を読んでくださったお母さんやお父さんが、抗生剤について正しい知識をもって、毅然とした態度で子どもさんの健全な発育および発達を楽しんでいただければ幸いです。
私の勤務する病院でも、新型コロナウイルスによる多大な影響を受けております。先日は外勤先で昼食を食べているときに、「こんなときでも外勤ですか。ここにコロナウイルスを持ち込まないでくださいね。」と看護師さんにチクリ言われました。確かに感染拡大はまず防ぐべき事象です。しかし、最も防ぐべきは人と人との関係性が新型コロナウイルスによって壊されることです。このようなときこそ、敵は何なのか、感染者ではなくウイルスであることを改めて認識すべきだと思います。ニューヨークでは看護師さんを始めとする医療従事者が新型コロナウイルスに罹患して命を落としました。この看護師さんの気持ちは痛いほど理解しているつもりですが、怖いのは皆同じです。新型コロナウイルスによって影響されるのは人と人との関係性であってはなりません。私達日本人は、共通の目標に向かって団結することが出来ると私は信じております。今回も最後までお読みくださりありがとうございました。どうぞご自愛ください。その積み重ねが、他人の命も救います。
- Fleming, A. On the antibacterial action of cultures of a penicillium, with special reference to their use in the isolation of B. influenzae. 1929. Bull. World Health Organ. 79, 780–90 (2001).
- Slykerman, R. F. et al. Exposure to antibiotics in the first 24 months of life and neurocognitive outcomes at 11 years of age. Psychopharmacology (Berl). 236, 1573–1582 (2019).
- Leclercq, S. et al. Low-dose penicillin in early life induces long-term changes in murine gut microbiota, brain cytokines and behavior. Nat. Commun. 8, 15062 (2017).
- Antimicrobial resistance. Available at: https://www.who.int/health-topics/antimicrobial-resistance. (Accessed: 6th May 2020)
- 薬剤耐性(AMR)対策について|厚生労働省. Available at: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000120172.html. (Accessed: 6th May 2020)
さいごに
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